その日ロイ・マスタング中佐とホークアイ少尉は国境地帯をジープに乗って移動していた。最近は戦闘がない地域だったので護衛も少なかった。何故かホークアイ少尉は後ろの車に乗せられた。
「途中で中佐の乗る車に何かトラブルが起きたらしく停止しているのが見えました。兵士がタイヤを覗き込んでいるのがわかりこちらもスピードを上げようとした時、突然、轟音と衝撃が襲ってジープは横倒しになり私は投げ出されました。」
痛みに呻く彼女の前方でアエルゴ側の森から何人もの兵士が出現し、数分の銃声の後には地面に数人の兵士が残るのだけだった。
「彼等は私達には眼もくれなかった。中佐一人が目的だったとしか思えません。」
守るべき相手を目の前で攫われた少尉は怒りに震える声で断言する。
「どう言う事スかそれ」
「敵と味方の利害が一致したってことだ。ロイには敵が多い。セントラルにはあいつが居なくなれば祝杯をあげる連中が沢山いる。そしてアエルゴは錬金術はあまり発展していない。」
「しかしいくら邪魔っても敵に売るなんて馬鹿げている。もし中佐がアエルゴ側になったら自分等が不利になるじゃないッスか!」
「目先のことしか見ない馬鹿はどこにでもいる。それに味方より敵の方がその力を正しく評価するもんだ。戦場にいった事のない奴らにロイの力はわからない。」
焔の錬金術師の力イシュヴァールで一度だけ見た朱の花。ハボックの心に焼き付いた焔。
「それじゃアエルゴの連中は中佐を洗脳でもするつもりで?」
「多分そのつもりだ。そしてその疑いが一度でもかけられたらロイはお終いだ。だから一刻も早くロイを救出しなきゃならん。」
重い声でヒューズは告げる。
「実は襲撃直後に一度救出作戦は行われたんだ。だがそれは空振りに終わった。襲撃した基地にロイは居なかった。」
「情報が漏れていると?」
「かもしれねぇ。だから俺はお前さん達の経歴もチェックしてる。セントラルの連中もな。それでも作戦中の事故ってことでロイの命を狙う奴がいるかも知れない。」
「背中にも注意しろって事ッスか。」
「前にもだ。その危険があってもロイを助けてくれるか?」
もし間に合わなかったら、あの焔が自分を襲うかも知れない。そうなれば助かる道なんてないのはハボック自身よく解っている。それでも
「どんなことしても中佐は助けだします。アエルゴの奴等に渡しない。」
蒼い瞳は揺るぎなくヒューズに応えた。
「・・・頼む」
その声にそれまでの取り繕うような感じは無く、ああこの人は本当に友人の事を思ってるんだというのがハボックにもよく解った。それまで見せ無かったヒューズの素の面が垣間見えた瞬間だった。
「お願いします。」
隣の少尉も頭を下げる。本当は自分が助けに行きたいだろう、その気持ちを押さえての言葉にハボックは頷く。
「それじゃ俺は行きます。」
そう言って茂みを出て行く青年を2人の士官は敬礼で送った。
「大丈夫でしょうか?」
ぽつりとこぼされた言葉を
「こうなったらアイツを信じるしかないだろう。大丈夫、お前さんも知ってるようにロイの奴の頑固さは筋金入りだ。そう簡単に敵の手に落ちゃしないさ。」
励ますようにヒューズは応えた。

どこかで水の落ちる音がした。ピチョン。規則的にもう一度。『おかしいな。』ロイはあたりを見回した。彼の周りには水どころか水分そのものが蒸発してしまった様な風景が広がっているのに。炭化しきった建物が続く黒い大地。風すら無くなった様に耳に痛いほどの静寂の中にロイは独立っていた。
『ここはイシュヴァ−ルか?』
つぶやく声すら響かない無音の世界。かつて自分の焔が創りだした光景『ヒューズ・・何処だ』いつも隣にいた親友を呼ぶがもちろん答えはない。ピチョン。また水音がする。そちらへ注意を向けた時、突然声が響いた。
『ダレノセイダ』
セントラルにあるホールのようにその声は響きあい、空間を埋めるように反響しあう。
『ダレノセイダ、ダレノセイダ、ダレノセイダ、ダレノセイダ』
『やめろ!』
容赦のない糾弾に耳を塞ごうとして手がいつの間にか地面から伸びてきた無数の黒い手に拘束されているのに気がつく
『離せ!』
頭に直接響く呪詛の声、身体を拘束する死者の手から逃れようと必死にもがくがどうにもならない。
ああこれはあの男が作った夢だ目を覚ますことさえできれば何でもないことだ混乱した心の中でどうにかそのことだけを考え、冷静になろうとするロイをあざわらうかの様に目の前に一人の少年が現れる。褐色の肌、紅い瞳、ぼろぼろの服をまとった10才ぐらいのイシュヴァ−ル人。小さな腕を軽くひろげゆっくりと近付きながらロイに問いかける。
『どうして僕を殺したの?どうして僕を燃やしたの?こんなふうに・・・』
幼い身体に焔を纏わせて黒焦げの手が拘束された身体を抱き締める。
『寂しいからあなたも一緒に燃えてよ』
すでに黒い穴と化した眼がロイを見詰めて微笑んだ。
声にならない絶叫が荒野に響く。
『やめろ・・やめてくれ!』焔はいつしかロイをも包み込み感じるはずのない熱にのどをつまらせた時、『水が欲しいか?ロイ・マスタング中佐』水の入ったコップを持った男が笑顔で目の前に立っていた。
そうしてまたいつものあの男の長口上が始まる。あの男ーロイが捕らえられてからずっとその心を
支配しようとする医者らしい男。
『楽になりたいのだろう?君の心はこんなにも苦しんでいる。無謀な戦を続けた軍部のせいで、君は望みもしない大量虐殺に手を染めた。そのあげくに軍は君に何をしてくれた?ちっぽけな勲章か、中佐の地位かね。そんなもの夜毎訪れる悪夢と比べれば何の価値もない。』

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