そんなのは解っている。何で自分が町をそこの住人を焼き尽くさなければならないのか。あの場所でいつもずっと問い続けた事だ。彼等は内乱を起こした、自分がやらなければ前線で大勢の兵士が死ぬ、軍の命令には逆らえない、自分は軍の狗だから―答えは泡の様に浮かび泡の様に儚く消える。それでも自分はあの戦場に立ち続けた。壊れそうな心を必死で支えて、片わらの腕にすがりついて。
『喉が乾いてるだろう、この水を飲みたまえ。そうすれば楽になれる。それだけ尽くした軍に結局君は裏切られた。そうだろう?』
コップをロイの口に寄せながら、勝ち誇った様に男は言った。確かに自分の誘拐には軍内部に手引きしたものがいた。あの時、ジープに砲撃を受けた時、運転手はわざとその場に車を止めた。気を失いかけた時発火布の手袋が隣にいた兵士に奪われたのもわかった。でもそれは―
『全てアメリストスと軍のせいだ。君がこんなに苦しむのも』
反論するロイの心を呼んだかの様に畳み掛けるように男は続ける。
『こうやって人からイシュヴァールの悪魔と冷血無比の人殺しと罵られるのも』
芝居がかった仕種で手を後ろに広げるとそこにはロイの見知った人達が立っていた。
友人、上司、信頼する部下そして親友―みんな恐れと非難を込めた目で彼を見つめる。
『さあこれで世界中で君には味方はいない。私の手を取りなさい。そうしないと・・彼が君を刺すよ。』
手を差し伸べる男の隣に愛用のダガーを手にした親友、オリーブグリーンの瞳に今まで見たことのない冷たい光をたたえてロイを見る。手にしたダガーよりヒューズにそんな目で見られる方がロイには苦痛だった。友情にかこつけて地獄にひっぱり込み、耐えきれない重荷を背負わせたのに笑ってロイの側にいた男。この男に見捨てられたら本当に独りになってしまう。顔を背けようしてもヒューズの手が顎を押さえてできない。振りかざした手に握られたダガーが鋭い光を放って、自分を手放しかけたロイの心に誰かの声が幽かに響いた。
『俺はどんなことがあってもあんたの味方になる。』
金色の髪に空色の瞳困ったような顔に浮かんだ優しい笑み。それに後押しされるようにロイは渾身の力を振り絞って目の前の手を払って叫ぶ
『嫌だ!』

音をたててテーブルから水の入ったコップが跳ね飛ばされる。包帯を巻いた手でそれをはらった男は気力を使い果たして椅子から床に崩れ落ちた。
「強情ですな。」
ぴくりともしないロイを見下ろして男は忌々しげに呟いた。
「まだうまくゆかんのかね博士?」
後ろから同じぐらい不機嫌な声が響く。
「さすがは国家錬金術師というところですか。並の精神力ならとっくに落ちている。」
「言い訳はよろしい。君がこの方面では第一人者だというから儂は任せたんだ。そうでなければ他の者を呼ぶ。」
でっぷりと太った初老の男が尊大に言い放った。
「気が短いですな。少将。」
冷静にしかし浮かんだ軽蔑を隠しつつ眼鏡の痩せぎすの白衣の男は応える。
「この男の気力も限界です。あと1、2回で落ちるでしょう。薬を使えばもっと楽なのにそうするなと言ったのはそちらです。」
言われた方は軍人でない男の遠慮ない言い方にむっとしながら反論する。
「当たり前だ。薬漬けの洗脳など使い捨ての暗殺者ぐらいにしかならん。儂は心から儂に従う錬金術師が欲しいのだ。」
それであんたはこんな辺境から首都に戻るつもりかね。口にださずに応えて白衣の男は何度目かの説明を試みる。
「ですからこの催眠療法を使うんです。対象者の心を探りトラウマを引き出す。そのトラウマに明確な原因を与える。この場合はアメリストス軍部だ。彼はイシヴァールの虐殺者として深い自責の念を抱えている。」
「そいう評判ではなかったぞ。」
「表面上取り繕っているだけです。だから責める対象を軍部に摺り替えればいい。誰だって自分を責めるより他人を攻める方が楽に決まっている。そしてそれを受け入れれば彼はアメリストスにとって悪魔になるでしょう。」
いつもながらの芝居がかった仕種にうんざりしながら
「ともかく早くしてくれ。向こうの儂の友人が言ってきたんだ。また救出作戦が始まるとな。」
軽くおどすように言う。
「持つべきは敵国の友人ですな。しかしここは大丈夫なのでしょう?思慮深い閣下のプライベートルームだ。私も彼も閣下の友人としてここに滞在ということになっている。やつらはまた見当違いの捕虜棟を襲いますよ。」
見え透いたおべっかに反応せず無言で療法の続きを促す軍人に内心、肩を竦めつつ、医者は床に倒れたままのロイに手をかけながら楽しげに言った。
「今度は趣向をかえて性的暴行のによるトラウマでいこうか。この男は戦場で仲間の錬金術師に性的暴行を受けてるんですよ。まあこの容姿じゃ無理もありませんがね。これは引きずり出すのに苦労した記憶だ。それだけ傷も深いだろう。」
猫がネズミをいたぶる様な言い方でロイを抱き上げ椅子に座らせようとした時ー突然部屋の照明が消え辺りは闇に包まれた。
その中から
「その人を離せ。クソ野郎」
獰猛な野獣の声が響いた。

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