「で結局あの子は素直にホテルに送られていった訳か」
「ええ、まぁ相当むくれてはいましたけどね。けど俺何かあの顔見たら国家錬金術師と言っても普通のガキと変わんねぇなって思いましたよ。階級で言ったらあっちの方が上なんでしょうけど」
屈託のない笑顔にロイは内心安堵した。15歳の国家錬金術師─普通ならそれはありえない存在で特にその能力を知っている軍人達からは畏怖や猜疑の目で見られる事も多いだろう。だが軍の狗になった以上あの子供は軍と離れる事はできない。いつか戦場へ狩り出される事もあるだろうし軍人達に混じって動く事もありえるのだ。その中であの多感な少年がどれだけ自分を守る事ができる?
「まぁ天才少年といっても15の子供だ。これから東方司令部に顔を出す事もちょくちょくあるだろうからその時はハボック、普通に接すればいい。敬語なんか使う必要もないが見かけたら気を配ってやってくれないか」
だからせめてホークアイだけでなく自分の部下達はあの子供達と顔なじみになって欲しいとロイは密かに願っているのだ。彼等兄弟にとってロイ・マスタング大佐は自分達を利用する腹黒い大人だが他の部下達は違う。
できるなら優しくしてやって欲しい─それができない自分の分まで。
「まぁ何か色々事情はありそうだけど子供は子供だから。俺にできる事はしますよ」
ロイの気持ちを察したのかハボックは笑ってアイ・サーと答えそれ以上は聞こうともしない。本当なら何故ロイがあの子供の後見人を買ってでたのか、そもそもどこで知り合ったのか、そうして何故少年が軍の狗と誹られる国家錬金術師にあえてなったのか─様々な疑問がその青い瞳の奥に見えかくれするがハボックはあえて何も言わない。
「すまないな、ハボック。あの子達の抱える事情は錬金術の禁忌に深く関わっていて私の一存で上にも隠してる事も多いんだ。詳しい事はいつか説明するから今は聞かないでおいて欲しい」
黒い瞳が静かにだがきっぱりとそれ以上の説明を拒んでいるのが判るから。
「まぁ国家錬金術師なんて大佐以外は俺にはあんまり関係なさそうな話ですしね。あ、そうだコーヒー煎れてきましょうか。もうひと頑張りしないと今日もまた残業ですからね」
だからもうこの話は終わったとばかりにハボックは世話焼き少尉の顔で言えばロイもいつもの調子で返す。
「ふんこのくらいその気になれば2時間で終わらせてみせるさ、コーヒーは砂糖2杯にミルクたっぷり。ついでに中尉秘蔵のクッキーも少々失敬してこい。彼女、今日は憲兵本部に出向してそのまま直帰だから明日までに補充しておけばバレはしないさ」
俺を殺す気ですか!大袈裟に喚きながらハボックは肩をすくめて執務室を出る。その横顔に僅かな翳りがあったのを自分の思いに捕われていたロイは気付かなかった。

フィルターにゆっくりと湯を注げば茶色い粉は瞬く間に湿って芳醇な香りを立ちのぼらせる。
その香気を楽しみながら金髪の少尉は胸の奥にたまっていたものを吐き出すかのように深いため息を吐いた。
・・錬金術師かぁ。
あの少年が本当に国家錬金術師なら頭脳はハボックなんかとは比べられない程優秀できっとロイとも対等に議論なんかできるのだろう。
俺なんか大佐の本棚のタイトルすらロクに読めないのに。
多分もう持ち主よりも詳しいと胸を張っていえるロイの家でもただ1室ハボックが近付けない部屋がある。それは2階の奥の書斎兼書庫で立ち入りを禁じられたわけではないが天井まで届く程のおびただしい本の無言の迫力にどうも腰が引けて掃除にも殆ど入った事もない。
掃除に入った時1回間違えて構築式のメモ捨てちまってエライ怒られた事あったし。あん時、俺本気で燃やされると思ったぜ。
こんな気分はロイと一緒にいると時々感じる事がある。本に囲まれた部屋で机に向かう無言の背中、複雑な書名を並べて本屋の主人と談笑してるその傍でまるで話に入れない時。
セントラルの惚気電話に苦笑しながら悪態を吐く姿を見てる時とまた違った疎外感とそうして
嫉妬してんのかなぁ、俺。錬金術にまで
ちくりと棘のように胸に刺さった傷みはあのイシュヴァール帰りの見知らぬ黒髪の下士官を見た時と同じものだ。
「あの子達は大佐が東部に来てまだ間もない頃見い出したのよ。優秀な錬金術師を市井から見つけて推薦するのも国家錬金術師の役目の1つなの」
廊下であの子供を見つけた時ホークアイ中尉がそう説明してくれたのをハボックは思い出す。当時はまだハボックもべったりロイにくっついていなかったのでリゼンブール村の名を出されても思い当たる事はない。
「彼エドワード・エルリックはその時まだ11歳だった。もちろんこっちだってそんな子供をスカウトしに行った訳じゃないのよ。書類の不備でね、年齢は31才になっていたの」
思えばそれもあの子達にとって定められた運命だったのかもしれないわね。
「・・どういう意味です。それに子達って言いましたよね?もしかして彼の兄弟も国家錬金術師なんですか?」
意味深な言葉にハボックが勢い込んで尋ねてもヘイゼルの瞳の中尉はそれ以上何も言ってくれなかった。
あの子達に関してはマスタング大佐にお聞きなさいと静かにしかしきっぱり拒否されてその時はハボックも引き下がったのだけれど。
って事はホークアイ中尉もあの子供の事情という奴を知っているのか・・。
ゆっくり慎重にお湯をフィルターに足しながらハボックの思考も茶色い液に浮かぶ泡のようにぐるぐると出口のない渦を描く。
やっぱホークアイ中尉と大佐の結びつきって強いよなぁ。彼女になら大佐もなんでも話すんだろうし。そりゃ中尉は頭イイから難しい政治の事なんか相談できる。あ、そういう事ならヒューズ中佐だっているし。そうすると錬金術関連はあの少年か。確かにあの人軍内でそういう話できる相手いないみたいだから後見人になったのか・・。
─それでお前は?お前は大事なマスタング大佐のために何ができる?
揺らぐ茶色い液面に映った顔は嘲るように歪んでいる。その声を消すように
『俺は俺にできる事全てをやるだけだあの人のために!』
乱暴に湯を注げば渦に巻き込まれて顔は消える。
忠犬にできるのはそれぐらいだと笑いながら。

「早かったなヒューズ、もう判ったのか。・・なんだ退役名簿を見ただけか。それでも条件に合う人物が出て来たのか。・・ハイドリッヒ・ランゲ?ノイマン教授の1人息子の戦友で教授の教え子。それなら確かに亡くなったと聞けば御悔やみに駆け付けるだろうがそれだけなら他にもいるだろう?・・何?国家錬金術師の試験を受けた事がある?結果は?そうか筆記で落ちた程度か。それで現在の住所はニューオプティン、そこで一応錬金術師として生活しているらしい?」
「というか雑用をこなす程度で後は軍人恩給が頼りの暮しらしい。多分こいつで決まりだろう。しかも何度も試験に落ちた恨みか知らんが、こいつ最近反政府組織の連中と接触してるらしい。ニューオプティンの憲兵隊にあるブラックリストにも名が載っている・・。っておい何度も言ってるがロイ1人で動くんじゃねぇぞ。相手はテロリストの仲間になった可能性が高いんだ、調べるなら鷹の目を連れて行け」
「判ってるよ、ヒューズ。私もハクロのお膝元で騒ぎを起こす気はないしね。なんにせよ動くのは明日からだ。今日は彼女ももういないし。本当に色々無理を言ってすまなかった。後で事の顛末はちゃんと話すから」
じゃあなと言って電話は切られる。スクェアグラスの男は単調な信号音を流し続ける受話器をじっと見つめてそれから静かにそれを置いた。
・・明日にでもホークアイ中尉にあらましを知らせておこうか。素直すぎるロイなんて信用できねぇし。
長年の親友の洞察は確かに正しかった。だがこの時マース・ヒューズはロイ・マスタングのいつもの主義をうっかり見落としていた。
すなわち─『兵は拙速を貴ぶ』

若造今だ達観できずというところです(笑)ここのハボックはまだぐるぐる中。けどそれがあまり
表に出ないんですよね。ロイのエドに対する思いも結構複雑だと思います。原作でほとんど名前を
呼ばなかったのもそのためかと思ったり。

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット