「ストリッド街221・・これか」
ちょうど街灯の下あたりにその落書きはあった。赤いペンキで大きさは直径30cmぐらいの円に幾つかの記号を組み合わせた図形に絡まるように描かれているのは1匹の火蜥蜴。年若い錬金術師の書いたメモと寸分違わないそれにロイはそっと白い手袋をはめた指で触れた。
「こんなところでコレを見るとは思わなかったな。さて後は火事の場所を確認しておこうか・・寒っ」
吹き抜ける木枯らしにコートの襟を立ててロイは首を竦めそうしてロッカーに忘れてきたマフラーを思い出す。それは今朝車で迎えに来た金髪の大型犬が持たせたもので
「この季節は夜は冷えるんですから!あんた喉弱いしちゃんと防寒しなきゃだめっスよ」
と問答無用で首に巻き付けたものだ。その時はうるさいとすぐに外したがロイは今その温もりが何より欲しかった。けど
「この件は私の個人的事情という奴だ。お前を巻き込む訳にはいかないんだよ、ハボック」
1人で行くなと親友は諌めた。せめて信頼する副官を連れて行けとも言ったが
「あの本を見れば嫌でも彼女は師匠を思い出す。そして背中を灼いた熱を思い出すだろう。私はそれをしたくないんだ、ヒューズ」
だから1人で行くと決めた。これはあの本と自分の問題だからと黒いコートを纏った錬金術師は夜の闇に消えていった。

「ニューオプティンで放火事件?その場所に大佐の錬成陣と似たマークがあったのか」
「そうだよ。でも火事自体は錬金術じゃねぇ。石油を使った普通の放火だ。規模も大した事なかったし。でも一応報告はしといた方が良いと思ってさ」
「それでマスタング大佐が調べたら同じような火事がその後数件あったんだそうです。それでその場所と僕らが錬成陣を見た場所が同じかどうか電話で確認してきたんです」
「でそれが同じだった訳か・・」
「後は軍の管轄だろう?大佐もそう言ってたし。だからもしかして自分で調べに行っちゃったんじゃないの?ハボック少尉は部下なのになんにも聞いてなかったのかよ」
「ちょっと失礼だよ、兄さん!」
邪気のない一言は確かにハボックの胸を直撃したがそこで落ち込んでる暇はない。
「ありがとう、アルフォンス君、君のおかげで助かった。礼を言うよ」
がしりと鋼の鎧に被われた手を力を込めて握ればはにかむような声が小さくどういたしてましてと言う。
「エドワード君もありがとう。悪いがこれで俺は失礼する。男の約束だ、マスタング大佐にも情報の出所は言わないよ」
「等価交換だぞ、ハボック少尉今度会ったら何か奢れよ!」
足早に部屋を出て行く男に向かって少年が言えば判ったよとばかりに手が振られそしてドアは閉じられる。
「何だい、アレ結局何にも説明しないで。アルも出て来なくてよかったのに」
「兄さんが意地悪するからだよ。あの少尉さん本当に困ってるようだったじゃないか。マスタング大佐に何があったか知らないけどあの人僕の姿なんかまるで目に入ってなかったし」
「まぁあの腹黒大佐の部下にしては良い人ぽかったけど」
軍人にも色々いるもんだとなと2人の兄弟はその時初めて思った。

ああもう、どうして俺目ェ離したんだろ!大佐の様子がなんかおかしいの気付いていたのに。
ハンドルを乱暴に切るハボックの頭の中をさっきから同じ言葉が回っている。
なんで錬金術の事だと思うと腰が引けちまうんだよ、俺は。
何となく沈んだ様子のロイを本当なら抱き締めたかったのだ。いつもみたいに抱き締めてふざけて笑わせてそうして『どうしたんスか、大佐』と言いたかったのにあの時のロイは何故だか遠く感じられて伸ばそうとした手は動かなかった。それがあの金目の子供のせいだとは思いたくはなかったが。
あんな簡単に出し抜かれてたら護衛失格だろうが!
何をロイが考えてるかは判らない。でも行き先の目処はついたのだ。自己嫌悪に浸る前に忠犬がやるべき事はたった1つ。─主人の後を追う事だけ。

ニューオプティンは東部第2の町だ。イーストシティの北に位置し交通の要所である事から戦略的価値も高い。当然軍事施設の規模は大きくそこを統括するハクロ准将はロイ・マスタングの天敵と言って良い人物だった。
「というよりあちらが勝手にライバル視してるだけなんだがな・・」
ヒューズに教えられた住所へ向かう途中すれ違う憲兵にロイは無意識にコートの襟を合わせてその自分の行動に苦笑した。何かにつけて自分に難癖付けてくる男の縄張りでは動きに慎重になるのも仕方ない。
「できれば騒ぎにはしたくないしランゲ君が大人しく本を渡してくれれば良いのだが・・。おっとここか」
目的の家は静かな住宅街のはずれにあった。小さな家は大した手入れもされておらず壁に入ったヒビはそのままで門の鉄扉も錆が浮いて赤茶に染まっている。そのたたずまいは単に経済的に豊かでないというより住む人の孤独を表わしてるようで
「師匠の家もこんな感じだったか。錬金術師は皆似たようなものだな」
既視感を感じながらロイは軋む鉄扉を押し開け呼び鈴に指を当てた。幸い壊れてはないらしく微かなベルの響きが耳に届くが返事はない。だが扉の横にある小さな窓からは灯りが洩れているし
「大体さっき電話した時は確かにハイドリッヒ・ランゲは家に居た」
無駄足踏む訳にはいかないからニューオプティンに行く前にロイは問題の人物と連絡をとっていた。もちろん焔の錬金術師と名乗った訳ではなく錬金術専門の古書店だと名乗って処分する蔵書があるならぜひ伺うと言えば相手は即座に訪問を許可したのに。
「どなたかいらっしゃいませんか?ハイドリッヒ・ランゲさん、先程電話した本屋のロイズですが・・」
木のドアを叩いて呼んでも返事はない。何より家に人の気配はどうにも感じられず
「まさか私に気が付いて逃げた訳じゃないだろうな」
そっとドアノブを手をかければ何の抵抗もなくそれは回り軋むような音をたてながら扉は開いた。
「・・・」
きゅっと赤い紋章付きの手袋をはめてロイは慎重に扉の中を伺う。思った通り中には人の居る様子はなくただ白い電球の光の下がらんとした部屋が見えるだけだ。気配を消し足音を忍ばせてロイはその中に踏み込む。
古ぼけた床が軋まないよう進むとつんと微かに漂う馴染みの臭いにロイは顔を顰めより慎重に奥への扉へ手を掛け─そうしてやっとこの家の住人を発見した。
「・・ハイドリッヒ・ランゲか?」
返事のない無礼を質問者は咎めるつもりもない。床に横たわった人物の胸は赤く染まり返事ができないのは見れば判る。部屋で争ったのか床には何冊かの本が散らばりテーブルの上のコーヒーカップは倒れて周囲に茶色い染みが広がっている。その香りと鉄錆に似た臭いが混じりあって何とも言えない空気になっているのも気付かずロイは床にしゃがんで物言わぬ身体に触れた。


遅々として進まなかった話がやっと動きます〜。ニューオプティンとイ−ストシティはどのくらい
離れてるんでしょうかね。地図で見るとセントラルよりは近い。

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