「なぁ、あんたさっきフランキーの店に居たろう?」
リンデンのカウンターに座っているハボックに声を掛けてきたのは派手な革のジャンパーを着た男。
「フランキーの店?ああさっき一杯やった酒場か。まぁそうだけどあんた誰?」
「俺はディックっていうんだけど。さっき俺もあの店に居たんだ。であんたの火の術を見たんだけど若いのにすごいじゃないか、あんた」
まぁ1杯奢らせてくれよ。とビールを注文する男は一見何処にでもいる普通の若者だ。正直テロリストの一味には見えないがそれは囮のハボックも同じ事。錬金術師だという嘘がばれたら全ては水の泡でこれが最後の手掛かりなら事は慎重に進めなければならない。
「そりゃ、どうもありがとう。俺はジャック。でも俺だってまともにできるのはあれぐらいだぜ。錬金術師だなんて恥ずかしくて名のれないよ」
「いいやちゃんと錬成陣を発動させるだけでも大したもんだ。だって錬金術師なんて皆じいさんか青白い根の暗そうな奴ばっかじゃないか。なぁ他の事はできるのかい?例えば壊れた物を一瞬で治すとかさ」
一見普通の若者が無邪気に質問してるようにしか見えないだろうがその探るような視線にもちろんハボックは気が付いていた。本当に彼がかけ出しの錬金術師か見極めようとする相手に
「まぁやればできるんだけどな。正直成功率は半分って所か。言ったろう、俺は卵、それもちゃんとした師匠もいないんだからさ。おかげでいつも金欠だし。今も友人に金借りようと思ってここに来たんだがどうやら振られたみたいだ」
肩を竦めてさり気なくそうアピールする。正直実際にここでやって見せろと言われたらどうしようかと内心ヒヤヒヤものだったのだが
「若いのに苦労してんだな。偉いよ・・なぁあんたそれならちょっとした仕事があるんだが乗るかい?」
相手は上手くハボックのまいた餌に食い付いた。
「仕事?」
「実は俺3番街の工事現場で働いてるんだけどさ。今日は俺が最後に現場を閉める日だったんだ。そうしたら運の悪い事に軍のジープが明日使う煉瓦の山にぶつかりやがってよ、そこ半分崩しちまったんだ」
「はーそりゃ災難だ。でもちゃんと弁償してくれたんだろう?」
「まさか!そんな所に煉瓦を積んでおく方が悪いって言うだけでさっさと逃げたさ。おかげで煉瓦は大分ダメになるし明日親方に言えば俺のせいにされるに決まっている。きっと煉瓦の代金俺の給料からさっ引かれんだろう・・」
うなだれる様は気弱な好青年といったところだ。相手の演技力に感心しながらハボックも義憤にかられた男の顔で
「そいつは酷い話じゃないか!悪いのは軍の連中なんだし金払うのもそっちが筋なのに。判った。できるかどうかは実際にやってみなきゃ判らんが俺でよければ力になるよ」
ばんとその背中を叩いた。

男2人が店を出て数分後。店の奥から黒髪の男がそっと出てきて同じカウンターに座る。
「どうやら上手くいったらしいよ。ジャンは声をかけてきた男と一緒に出て行った」
ビールのグラスと共に差し出されたのは一枚のメモ。それを受け取って
「御協力感謝します、マダム・エルザ」
ロイは頭を下げる。そうして受け取った紙を一瞥し裏にサラサラとペンを走らせ相手に返す。
「倉庫の物幾つか勝手に使わせてもらいました。これはそのリストです。請求は後日私の所へ。迷惑料を上乗せして必ずお返しします」
書かれた名前にアイシャドウを塗った眉が跳ね上がる。だがリアクションはそれだけで
「マッチ木箱1箱、古新聞に缶詰め・・そんな額じゃ無いのに律儀なものだね、英雄殿は」
さらりと返すあたりどうして大した胆力だとロイは感心した。
「まぁ、無事にすむんならそれで良いけどね。ついでにあの子の未払いのツケも上乗せして請求させてもらうさ。構わないだろう?」
ニッと笑う顔はセントラルの某マダムを彷佛とさせて思わずロイは笑った。こういう女性との会話は彼の好む所だったが今はそんな時ではない。
「どうぞ、マダム。あいつにはそれぐらいしてやっても罰は当らないでしょう。それともし私の部下がここに来たら目印を追えと伝えて下さい、それで多分判るでしょう」
ビールはそのままロイは借りたコートに手を通しもう一度頭を下げてそう言えば何も聞かず相手は頷いた。その同じ黒い瞳同士が最後に一瞬視線を交すと
「・・あの子の事頼んだよ、大佐殿。ちょっとばかり抜けた所はあるかもしれないが根は真面目な子なんだ」
酒場の女主人は別れ挨拶の代わりにそう言った。

ロイが店を出ると通りに人通りは殆どなかった。時刻はとおに真夜中を過ぎ飲み屋街もさすがに静まる頃で先行した部下を追おうにも人影すらない。だけどその整った顔に焦りの色はない。
「メモによれば行き先は3番街の倉庫らしいがさて本当にそこがアジトだろうか」
土地勘がないロイには判らないがマダムによればそこは倉庫街で夜間は殆ど人気が無い所らしい。使われて無い建物もあるらしいから犯罪者が根城に使うには相応しいだろうがかなり広いとの事でロイ1人の手には負えない。だが
「さて私の駄犬はどっちに行ったかな・・」
すっと白い手袋をはめた手が前にのびる。シュッと微かに指をこすり合わせれば小さな火花がまるで意志をもった生き物のように地面すれすれに走って行く。
「あっちか」
すると不思議な事にぼうっと青白い焔が石畳のそこここに現れた。規則的に並んだそれはまさしく人の足跡でまるで透明人間が歩いてるように焔の目印はロイを導く。
「燐で錬成した溶液は上手くいったな。これからも尾行で使えるかも」
マッチの燐と幾つかの物質を合わせてロイが錬成したのは追跡用の目印。無色透明の液体でハボックの靴の裏に塗られたそれはロイの火花で青白く燃え上がり微かな焦げ後を石畳に残す。これなら火の消えた後でも追跡可能で
「ブレダが応援を寄越すと言っていたがこれなら追ってこれるだろう。だがその前にケリをつけないと」
最後にハボックがブレダに連絡した際そう言ったそうだ。だがこれは正規の任務ではないしそもそも管轄外の事で公にする訳にもいかない。が事態がこじれればハボックとロイだけでは収められない可能性もあるのでロイも来るなとは言えなかった。ただ今の自分が私情で動いているのは間違い無い。
「余計な迷惑をこれ以上かける訳にもいかないだろう、ヒューズ」
中途半端な事情しか知らない親友はきっとセントラルで気を揉んでいるだろう。無条件で従ってくる金髪の男だってこんな事で危ない橋を渡らせたくないのだが
「全く錬金術師とは業の深い生き物ですね、ホークアイ師匠」
今は亡い火蜥蜴の生みの親にそうロイは訴えて焔の道標を追った。

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