いつもうらやましいと思っていた。自分の知らないロイの事を語るあのスクェアグラスの男を、何も言わなくても通じ合うあのヘイゼルの瞳を。そうして仮眠中にうなされる彼をただ抱き締めるしかできない自分が歯がゆかった。
彼の心の中にある傷に知らない内に踏み込むんじゃないかと思えば慰めの言葉も喉の奥で凍り付く。どれだけ言葉を尽してもそれは見えない壁に弾かれてしまうように思えて。
「もっと聞きたいですか、イシュヴァ−ルのマスタング大佐の事」
だからそう言われた時ハボックはYESと思わず言いそうになった。多分ヒューズもホークアイも決して自分からはハボックに話さないだろう事を聞く事ができる。大事な人の全てを知りたいと思う事のどこが悪い?そう思っていたのに
「・・いいや」
するりと出たのはそんな言葉。それが意外だったのか相手の瞳が興味深げにハボックを見つめる。
「思ったんだけどさ。今それを聞いても仕方ないっつーか大佐が言い出さない事あんたから聞くのもフェアじゃないというか・・興味ない訳じゃないんけど・・」
かっこを付けたかった訳じゃない。ずっと前から知りたかった事だ。でも自分の中の何かがそれを止める。がしがしと頭をかいてハボックは相手にというより自分に言い聞かすように言葉を捜して
「とにかく俺は嫌だ。・・・大佐が話したくなったら彼から聞くよ」
ときっぱり言えばつり目の男はふいにその表情を和らげた。ナイフで削いだような頬に微かな笑みが浮かんで
「確かに。今さら昔の事を言ってもしょうがない。大事なのは今ですからね、つまらん事を言ってすいません、少尉殿」
軽く頭を下げると背後から部下がハボックの名を呼ぶ。
「今行く・・・そうだ今度一度お手合わせ願いますよ、チャーリ−曹長。歴戦の勇士のお手並みを拝見したい」
「お手柔らかに願いますよ」
去って行く背中に向かって白い煙を吐きながらチャーリ−曹長は小さく付け加える
「もっともかなうはずはないと思うけどな、腕でもそれ以外でも」
脳裏に浮かぶのは昨晩の光景、戦場でいつも無表情だったあの男が感情剥き出してあの金髪の男に食ってかかっていた。あんな顔をマスタング大佐にさせる男に名前すら知られなかった自分がかなうはずがなかった。

「ハボック少尉、頼んでいた書類はできた?」
「あっ、はいホークアイ中尉。こっちです」
夕べの出来事は完全に非公式の出来事となって記録にも残らない。だから徹夜で走り回ったハボックも何も無かったかのように振る舞う事をホークアイ中尉は無言の圧力で要求してくる。それに逆らう程彼も命知らずではないから眠気と戦いながら必死でノルマはこなした。その結果を厳しくチェックして鷹の目はようやくオーケーを出しそして言った。
「じゃあこれをマスタング大佐に提出してね。大佐のサインを貰ったら兵站部に提出。それが終わったら大佐を御自宅に送迎して。それで今日はそのまま終わりにしていいわ」
「は?」
言われた命令に目を剥く。時計を見れば定時にはまだ1時間程間があるし仕事の流れから自分が定時に帰れないのは確かなはずだ。
「貴方の分はさっき私が済ませておきました。マスタング大佐は御気分が悪いので早びけして貰いますから送迎が必要なの。・・お願いできるわねハボック少尉」
深いヘイゼルの瞳の奥にある物を読み取ろうとしてハボックは一瞬言葉に詰った。けれど探るような視線にも彼女はまるで動じず
「返事は?少尉」
いつもの様に言われればハボックにはアイ・サ−と言うしかない。けど今ロイの所に行くのは気が重かった。あの怒りの原因も判らないまま彼に何と声を掛けていいか正直判らない。そんな葛藤を知っているのか
「・・行きなさい」
今度のホークアイの声は少し柔らかだった。それは彼女の愛犬にかける声とそっくりだった事に見えない尻尾が垂れた犬は気付かないまま執務室に向かった。

東方司令部からロイの家までは車で30分もかからない。元々イーストシティは車の数もそう多くないから渋滞とは縁が無い。その僅かな時間車内を支配していたのは居心地の悪い沈黙だった。ちらりと覗いたバックミラーの中黒髪の大佐は持ち帰った書類をぱらぱらとめくっていてその表情からは何も伺えない。
・・まだ怒ってるンかなぁ、大佐。
慎重にハンドルを切りながらハボックは伏せた目の奥にあるものを読み取ろうと必死だった。
送りますって言った時も頼むとしか言わなかったし。第一俺の目昨日からまともに見て無いじゃんか。
命令違反をしたのは判る。だがその時自分の耳はその命令を聞けなかった。縋るように掴まれた腕からロイが止めようとしてるのは判ったが自分の経験から言えばあれがそれ程無謀な行為だったとも思えない。殴られる程ロイが怒る理由がどうしてもハボックには判らない。
「そこの角で車を止めてくれ」
ぐるぐるの思考を止めたのはロイの声。それにイエスサーと応えて路肩に寄せればハボックがドアを開ける間も無くロイは外に出てしまう。後を追うとドアノブに手をかければお前はそこで待てと素っ気無く言ってロイの姿は一件の店の中に消えた。それはハボックも良く知ってる旨い惣菜が評判のデリでロイがそこに寄ったという事は
夕食の支度は良いから帰れって事だよなぁ。
こんな事なら残業で書類と格闘してた方が良かったと内心ため息を吐いた所でロイが紙包みを抱えて戻ってくる。そして
「お前の分も買ってきた。・・話があるんだ。予定がないなら今日は家に寄ってくれ」
車に乗り込みながら素っ気無く言った。

夕食の間も2人の間に漂うぎこちなさは消えなかった。話は食事の後と暗黙の了解のようにお互い昨日の事については一切触れず当たり障りのない会話に終止しただけでいつもより早く終わった。そうして食器をハボックが片付け居間に戻ればテーブルの上にはウィスキーとグラス、例の本、そしてそれと同じぐらいの大きさの見慣れない木の箱がテーブルに置かれていて
「ああ、ありがとうハボック」
ロイは暖炉の火を熾している所だった。暖炉に火を入れるのはこの季節になって今日が始めてだったなと思いながらハボックはいつものソファに腰をかける。そうして煙草を銜えてライターをポケットから出そうとしたところで
パチン。と微かな音がして白い先端に小さな焔が灯った。
「・・どうもありがとうございます」
驚きを抑えてハボックは白い指先に礼を言う。普段家で発火布をしない人はどういたしましてと素っ気無く言ってハボックの向いに座った。そうして
「昨日からの事色々とすまなかった。軍の任務でもない事に危険を冒してまでつき合ってくれて本当にありがとう、ハボック」
真直ぐハボックの目を見ながらロイは黒い頭を下げた。
「大佐、あの・・」
「何の説明もしなかったのにお前はこの本のために火の中へ戻ってくれたな。それなのにこんな事する私を許してくれ」
言うなりロイはテーブルの上にあった本を暖炉に投げ込んだ。何をするんですかとハボックが言う前に白い指がパチンと鳴らされ本はあっという間に焔に包まれた。
「大佐!一体どういうつもり何です!?」
「この本は最初からこうするつもりで捜していたんだ」
驚きで目を見開いたままのハボックに静かにロイはそう言った。そうしてテーブルに残った木の箱をハボックに手渡す。
「開けてみたまえ、ハボック」
言われるままにハボックはどっしりとした重さの木の蓋を開いた。その中には光沢のある布が張られまるで宝石かなにかのように1冊の古い革表紙の本が鎮座している。金箔はほとんど剥がれていたがそれでもそこに描かれていたのが火蜥蜴の紋様であることはハボックにも判る。たった今焔に包まれた本にもまったく同じ紋様があったのだから。
「大佐これは・・」
目の前の人はこの本を何年も捜してると言った。危険も顧みずわざわざニューオプティンまで出向きそうして自分は燃え盛る火の中に飛び込んだ。全てはこれと同じ本のためだったのにロイはそれを暖炉に投げ捨てた。しかも全く同じ物を彼は持っていて─もう正直何がなんだか判らないと混乱するハボックに
「これは私の父の形見だよ」
とロイは静かに告げる。
「この本と出会ったから私は『焔の錬金術師』になったんだ」


ウェブ連載の良い所はページ数を気にしなくていいとこですが思い付いたシーンを全部書いてしまうと無駄に長くなるんですよね。ぐるぐるしてるハボを書くのが楽しくてつい長くなったー。
すいません過去話は次からです。

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