「いきなり家出したんスか?!」
「まぁ結果的にはそういう事になるか」
当時を思い出したのかロイはクスリと笑った。その顔には悲愴感なんか微塵もなくて家出がロイにとって決して辛い事ではなかった事をハボックに教える。
「しかし話聞く限りじゃあんたどう見ても深窓のお坊っちゃんでしたよね。それがまた何でいきなりってか大体行く当てはあったんですか?」
ハボックの言う通りそれまでロイは村どころか屋敷の半径数キロ以上遠くに行った事もなかったし汽車にさえ乗った事がなかった。だがそんな事強い意志の前にはなんの問題も無い。錬金術を学びたい。はっきりと明確な望みを持った少年にあと必要なのは行動だけだった。
「もちろん無計画なもんじゃなかったさ。これで連れ戻されでもしたら伯父はそれこそ残った本も処分するだろうし家庭教師や習い事も増えただろう。絶対失敗できないから計画は周到に練ったさ。一番のネックは行き先だったんだが残念ながら当ては1つしかなかった─亡くなった父の姉クリス・マスタングの所だ」

「因果な所が似ちまったね、あんたは」
その人物とロイが出会ったのは墓地だった。父の葬儀を終え人々が屋敷に戻り始めてもまだロイはぼんやりと白い墓石の前に佇んでそれを眺めていた時
「やれやれ何て辺鄙な所なんだろう。セントラルから1日がかりだよ」
妙に艶のあるハスキーな声が背後から聞こえた。葬儀に相応しく無いそれに驚いたロイが振り向くとそこに1人の女性が立っていた。
「でもまぁあの子にしては幸せな最後だったかも知れない」
豊かに編んだ黒髪をアップにして喪服にしては派手な紅い口紅。抱えた数本の白薔薇をそっと墓標の前に置いた女性はそこで黒い瞳をそっと閉じて瞑目し
「出会いがこんな辛気臭い所で残念だったけど会えて嬉しいよ、ロイ坊や」
すぐに目を開けておっかなびっくりで自分を見つめる黒髪の子供にそう笑いかけた。

「おばさんって父方の?でもあまりそっちとはつき合いなかったんじゃないですか」
「確かに父は実家との縁は切れていた。マダム・・ああ伯母を私はそう呼ぶんだが、の話では父の実家は代々医師で父も医者になる事を望まれた訳だがどこをどう間違ったか錬金術に傾倒し家を出てしまったんだ。医者のプライドで錬金術を胡散臭いまがい物としてしかみてなかった実家とは以来すっぱり縁を切った。ただ唯一の例外がマダムだったんだ」
弟は・・あんたの父親は思い込んだら頑固でね。真っ当な医者になれっていう父親と真っ向からぶつかってさっさと家を出ちまってそれきりさ。便りの1つも寄越さなかったけどあたしにはこっそり教えてくれてね。
まぁ多少の援助もしてきた訳さ。末っ子で頑固で意地っ張りだけど可愛い所もあったしあたしも親に反発してあの子より先に家出てたからねぇ。え?何で家を出たのかって?あたしは女優になりたかったからさ。
もっともそっちの才能はあまりないみたいで今はセントラルで小さな酒場をやってるよ。ロイ坊がもう少し大きくなったら遊びに来るが良い。

「あのたったそれだけでの事であてにしたんスか・・」
「そうさ。他にあてはなかった。母方の親戚は家長である伯父に逆らえないし私のために逆らう気も無い。彼女しか頼れる人はいなかった」
慌ただしい訪問者は薔薇以外何も残していかなかった。セントラル、酒場、クリス・マスタング。この3つしかロイの頭に残ってなかったのに少年は思いきりよく朝一番の汽車に乗り込んだのだ。
「・・・・無謀以外の何ものでもない気がしますが何か今のあんたと似てますね」
行くべき先を目標を見つければあとはそれに突き進む。壁があっても思考を止めずそれを乗り越えようと努力する。殻に閉じこもっていた少年のどこでその力があったのか。
「この本があったからかな。どうしてもこの本に書かれている事が知りたかった。いつか大きくなってなんて関係ない。この火蜥蜴が私の標だったんだ」
愛おしげに擦れた金の錬成陣を撫でる手にはまだ白い手袋がはまっている。あれ?とハボックは思ったが続くロイの話に注意は逸れた。
「幸運にも彼女の店は日暮れ前には見つかった。正直足は棒になるしへとへとだったし倒れそうだったけどとにかくドアをノックしたんだ」

後にマダム・クリスマスはその時の事をこうロイに語った。
「開店準備中に誰さと思ってドアを開けたら何処かで見た子供がでっかいトランク片手に立ってるじゃないか。髪はぼさぼさ、上等な服はあちこち泥が付いて一体何があったのかと思ってたらきっとその子がこっちを見て開口一番言ったのさ
『僕をここにおいて下さい、クリス叔母さん!僕は錬金術を学びたいんです!』ってね。そうしてその場にへなへなとへたりこんじまったんだ・・全くとんだ1日だったよ、あの日は」
慌てて店の中に子供を休ませた時ようやく彼女はそれが1度だけ会った事のある甥だと気付いた。そうして何故この少年がこの店にやって来たのかも聡い彼女にはすぐに想像できた。
「っていうか既視感だよ。まったく同じ目で弟も昔あたしにそう言ったんだ。僕は錬金術を学びたい。だから家を出たんだ。ってね。全く因果なところが似ちまった親子だよ、本当」
水を与え食事を与え人心地ついた少年が語った事情は予想を少しも裏切らなかった。ただ少しだけ父親と違ったのは
「子供の癖して勝手な事をおいいだね、ロイ坊。簡単に言うけど生きていくには金が必要だ。それはどうするのかい?言っておくけど実家の金をあてにするならすぐに帰りな」
と現実を突き付けた時その子供が言った言葉だ。
「出世払いにするからそれまで待っててよ、叔母さん」
「10歳になるかならない子供がそう言い切ったのさ。にっこり笑ってね。あたしゃもう笑うしかなかったよ。そういう強かさは弟にはなかったねぇ」

「昔からはったり得意だったんですねぇ」
「失敬な。ちゃんと恩返しはするつもりだったさ。手段とか具体的な事は全然考えてなかったけどな。でも錬金術が学べるなら何でもできるとあの時は思いこんでいたんだ。子供だったけどそれだけは信じていた」
黒い瞳に映る揺るぎない光。初めて会った時から魅了されたそれはそんな小さい頃から彼のものだったんだと思うとハボックの胸は熱くなる。衝動のままその手を捕らえたくなるのを理性で抑えグラスを飲み干せばぬるくなったウィスキーが喉を灼いた。
「その後実家と何度かやりとりはあったんだがな。結局私の意志が通った。伯父も扱いにくい子供を内心持て余しているのは判っていたし。跡取りなら他に一族のもっと良い子がいるし」
手紙と弁護士とのやり取りの末結局多少の財産と共にロイは正式に実家の戸籍を離れ叔母の養子となった。
「それ以来あそことは縁が無い。向こうももう私の事など忘れているだろう。焔の錬金術師が昔本を呼んでばかりのあの子供だと思いもしないさ」
「つまりそこであんたはロイ・マスタングになったんですね」

マダムとロイの関係はちょっと姉弟の関係に似てるなと思ったらこうなった。しかし長くなったな、この話〜好きなキャラができるとどうやって成長してきたのかとか考えるの好きです。ただここまで細かく考えたのはこの人ぐらいかも知れない。えっと多分あと2回で終わるはずです。

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