「1つ聞いて良いですか?」
話が途切れた所でハボックが躊躇いがちにぽつりと言った。無言で何だと促すロイを正面から見据えてハボックは
「何で大佐は軍人になったんですか?」
と問う。意外な問いにロイの目がきょとんとなった。
「だって話を聞く限りじゃあんた錬金術に夢中だったじゃないスか。師匠も見つかってもうそれに没頭してたんでしょう?」
「確かにそうだが師匠の条件には普通の教育を受けろとあった。そこで私は軍の幼年学校に行ったのさ。きっかけと言えばそれだったな」
正直強く軍人になりたいと当時のロイは思いもしなかった。その学校を選んだのも試験に合格しさえすれば学費は免除される事、全寮制で衣食住が保証される事、何より師匠の家に近かった事が気に入ってそこを選んだに過ぎない。
「全く何で軍の学校なんか選んだのだ。言っておくが私は軍人は好きじゃ無い」
軍嫌いの錬金術師はそれを知って弟子入りを取り消そうとしたぐらいだ。でも伯母の世話にはなるべくなりたくないというロイの事情を聞いて渋々承知した。普通の教育を受けろと言ったのは自分だったし。
「意外に簡単な理由だったんですね」
内乱をなんとかしたいと思って家族の反対を押し切り軍に飛び込んだ男は拍子抜けしたように言う。ハボックにしてみればロイ・マスタングという人間は根っから軍人志向だと思い込んでいたから。
「子供だったからな。すぐ前の事しか見てなかった。幼年学校に行っても必ず軍人になる必要はない。後の事は何とでもなると気楽に考えていたんだ」
ただ錬金術を学べる環境を整えれば良い。それしか考えていなかった少年はその選択が自分の運命を決定的に変えるとは思わなかったろう。
「休みの日は師匠の家に入り浸って基礎を学ぶ。残りは学校の授業だがそっちは何とかなった。友人らしきものも幾人かできたし充実してる日々だったと言える」
そうして閉じられていた世界は広がり伸び盛りの感性は外に羽ばたき始める。学ぶ事の大切さを知ると同時に学んだものをどうするかという疑問が出てくるのもこの時期だ。自分は何ができるのか。この力をどう使うべきが。何が─したいのか。
「やっぱこの国で何かするなら軍人になるのが一番だ。お前はどうすんだ?ロイ」
幼年学校卒業間近スクェアグラスの友人の言葉にロイは抱えていた本を見つめる。すっかり擦り切れてもう表紙の絵柄は消えかけているがそこに書かれていた知識は全て自分の中にあった。問題はそれをどうするかだ。
「まだよく判らないがヒューズ、この知識が何かに役立つなら私はそうしたい。皆のために使いたいんだ」
学ぶだけの世界に閉じこもっていたのでは父と変らない。何にも活用しないのでは師匠と同じだ。それが良いと自分で思うならそれで構わないが若者にそれは無理だった。
「ヒューズに唆された訳じゃないがやはり何かしたいと思った。市井の術者のように『錬金術師よ大衆のためにあれ』という理想に従うには私の学んだ術は大き過ぎた・・国家錬金術師制度を知ったのもその頃だ」
セントラルの親ばか中佐の名にハボックの口がヘの字になる。そんなハボックの様子にも気付かずロイは続けた。
「おぼろげながらでも火蜥蜴の術の可能性が見えてきたのもその頃だ。この力があれば周辺諸国との軋轢で苦しむアメストリスを何とかできるんじゃないかと夢想したりもした・・・青かったんだ、本当に」
内乱はまだ始まったばかりだった。戦争の影はまだセントラルにまで届いてこない。軍人になればいつかはそこへ行くと知っていても『そこ』がどんな所かは若者の想像でしかない。そして想像が現実に踏みにじられる日が来ると若者は思いもしなかったのだ。
「結局軍人になったのか、ロイ」
仕官学校入学を報告した時師匠の顔に変化はなかった。もうとうにロイの決意は見抜かれていたのだろう。
「やはりまだお前に『焔の錬金術』は早いな」
その言葉に感じた落胆は小さかった。心のどこかでロイも予測していたしならば自分の手でと密かにそんな決意さえしていた。弟子が師を乗り越えたいと思うのはどこでも同じ。だけどその機会は結局消える。
「師匠!ホークアイ師匠!」
自らを研究に捧げた男の命はもう限界だったから。そうして火蜥蜴の錬成陣は師匠の娘からロイに託される。
「皆が幸せに暮らせる未来を信じていいですか」
という言葉と共に。

「・・結果はお前も知ってる通りだ。彼女の願いを私は見事に裏切った」
「だけど大佐それは」
「誰が命令したとしても実行したのは私だ。NOと言って前線を下がる事もできたがしなかったのは私の意志だ。その結果を誤魔化す事はできない」
『否定し償い許しを乞うなど殺した側の傲慢です』
何でこうなったと自分を責める事無く小さな墓の前でヘイゼルの瞳の彼女はそう言い切った。その強さにロイはどれだけ救われた事か。だからこそ
「2度と焔の錬金術師は生み出さない・・そう彼女と約束したんだ」
「だから大佐はあの本を捜していたんですか?見つけだして燃やすために。でも本を読めばすぐに焔の錬金術師になれる訳じゃ無いッスよね。現にあんたは師匠の力が必要だったし」
「確かにこの本は理論としてはまだ未完だった。これは師匠が最初に空気の錬成の可能性に気が付いた時に書いたもので本人に言わせれば若気のいたりで舞い上がった揚げ句の自費出版。理論としては新しすぎて殆ど相手にされず売れたのはほんの数十冊だったそうだ。でも読み手の技量があればその先にあるものに気が付く。前に言っただろう、純粋な閃きが大切なんだと」
「才能ある錬金術師がこれを読めば焔の錬金術になる可能性がある・・という事ですか」
「そうだ。最初にそれをお前に言っておけばあんな無理はしないですんだはずだ。それは本当にすまない」
確かに処分するのが目的と聞いていればハボックも本を取りに火の中へ飛び込みはしなかったろう。
「いや確かにそうですけど、俺怪我1つしてないし。全然気にしていませんから。それに命令聞かなかったのは事実だし。大佐が怒るの無理ないと思います」
色々あったが取りあえずの疑問が解けてハボックは晴れやかに笑った。
「じゃあこの先も同じ本を捜し続けるんですか。俺にできる事があったら何でも言って下さいね」
「・・・いや多分これで最後だ。売れ残った本は返品されたしまだ店にあったのは私が買い取った。師匠の家にあった在庫分も戦後私が処分した。それから今までに見つかった本の数を合わせるとこれが最後の1冊だ」
ずっと手にしていた革表紙の本。それが最後の1冊という事は
「ちょっと待って、大佐!もしかしてそれも燃やしてしまうんですか?」
「そうだ」
あっさり言って手にしていた本をロイは暖炉に投げ込む。長い話の間に火は消えて灰の山が燻ってるだけだったから本はただ灰を巻き上げただけで燃え上がりはしない。そうしてロイは白い手袋をかざした。
火蜥蜴を焔に帰すために。

何故ロイは軍人になったのか。原作ではあまりはっきり描いてなかったので判りませんが勝手に想像するに錬金術がメインで軍人はちょっとした切っ掛けでなったのではと。何か人のためになるような事をするには軍事国家では軍人になるのが一番でしょうから。聞き手がハボなので仕官学校時代とかは端折ってます。(笑)

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