「後は簡単でした。国家錬金術師の死亡後の義務はドクターに聞いて知っていたから。何もしなくても軍の国家錬金術師が来てくれる。それをドクターの器にすれば良い。そこで思ったんです。どうせならとびきり優秀な器の方がドクターも喜ばれるんじゃないかってね」
東部内乱の英雄の名を知らぬ錬金術師はいない。その人物が東方司令部勤務だなんてちょっと調べればすぐに判る事だった。
「あの手紙は・・」
「もちろん私が書きました。誤解無い様言っておきますがドクターはこの計画にずっと反対してましたよ。自分の償いは自分ですべきで他人を巻き込む訳にはいかないと。だから私も条件を出したんです。もしマスタング大佐がドクターの遺言を承諾して研究を続けるようなら計画は取り止めて、私の中に移した魂は安らかに眠らせるとね。その結果がこれだ。予定通り貴方にはドクターの器になっていただきます。ロイ・マスタング大佐」
立ち上がった執事がそう宣言した時だ、ベッドサイドのテーブルに置いてあったアンティークなスタイルの電話から甲高いベルの音が鳴った。動かない首を必死に巡らせてロイは音のする方を見つめる。電話の相手が軍の者、有能なあの副官であることを願って。もし彼女ならどんな理由があろうともロイ自身が電話口に出ない事を不審に思うだろう。
「はい、こちらはマクガリティ邸です。・・はい滞在なされております。ホークアイ中尉ですね、少々お待ち下さい」
執事の受け答えは落ち着いている。寝台から見上げるロイの視線に気がつくとにっこり笑って保留のボタンを押し受話器をフックに置いた。そして両手を自分の喉元にあてがうと淡い光がそこから発する。同じ事をロイにもするとそのまま受話器を手に取って
「やぁ、中尉、私だ。何か急な要件でもあるのかね」
いたって自然に話し始める。ロイと全く同じ声で。
『ホークアイ中尉!』
ロイの方は喉に力を込めても擦れたひゅうひゅうという音しか出てこない。必死に声を上げようとするロイを片目で見ながら偽者は会話を続ける。声だけ聞いていれば誰でもロイ自身と思うくらいその話し方もロイに似ていた。
「ああ、別に問題は無いよ、中尉。予定通り明日戻る。時間は・・そうだなまだ未定だが午前中にこちらを出ないとイーストシティに戻れないからね。・・え?ハボック少尉がこちらに向かっている?」
予想外の事だったのだろう。その時だけ一瞬言葉が途切れた。ロイもその名に目を見張る。セントラルに行ってたはずのハボックの名がどうしてここにでてくるのか。
「迎えに?それは御苦労な事だ。まぁもう汽車に乗ってしまったのでは仕方ない。到着は8時?ああ彼が着くまでここにいるよ。まぁ荷物が多いから助かるけどね。ではお休み中尉」
チンと受話器を置いた男はもう一度喉元に手をやると拍手を受ける俳優のように軽く頭を下げた。
「いかがです?結構似ていたでしょう?以外と芝居ッ気あるんですよ私は」
その声はもう元に戻っている。でも彼はロイの声は戻そうとはしない。
「貴方はもうしばらくそのままでいてもらいます。ドクターの魂がそちらに移ったら元に戻すとしましょう。ああ、明日貴方の部下が迎えに来るようですね。ハボック少尉とか言う・・さてどうしたものか」
わざとらしい仕種で考える執事にはもう答えは出てるのだろう。すぐにそのポーズをとくとそのままロイの両目に手をあてた。まるで人形の目を閉じるみたいに。
「取りあえず今夜はゆっくりお休み下さい、マスタング大佐。少なくとも明日の朝は起こして差し上げますよ。最後に部下がどうなるか知りたいでしょうから」
触れられた両手から痺れるような感覚が脳に広がっていく。それに対抗しようと唇を噛もうとしてももうその力すらロイには残っていなかった。泥沼のような眠気に抗う事も出来ず
『ハボックをどうする気だ、貴様!』
必死の叫びも形にはならなかった。

「でっけーお屋敷だな、こりゃ」
夕べからの雨のせいか湿気を含んだ朝霧が辺りをまだ白く被う山の中。どっしりとした樫の扉の前で佇んだ軍人はそう言って短くなった煙草を携帯灰皿にしまうと古風な呼び鈴の紐を引いた。
人一倍性能の良い耳には微かに扉の向こうからチャイムの響く音が聞こえ誰かがこちらにやって来る足音まで聞こえる。そして鉄製の鍵を廻す音と共にきしみをあげて重い扉がゆっくりと開き
「どなたですか?」
黒のスーツをきっちり着こなした執事がまるで映画のように表れるのをハボックは興味深げに見つめた。金持ちと聞いてはいたがここまで様式にピッタリくるとは思ってもみなかったので。
「自分は東方司令部所属ジャン・ハボック少尉と申します。早朝からお騒がせして申し訳ありませんがロイ・マスタング大佐の迎えに参りました。お手数ですが大佐に取次いでいただけないでしょうか!」
ならばこちらもときっちり背筋を伸ばして敬礼しながら用向きを伝える。わざと大きな声をだしたきっと中にいるはずの人に聞こえているだろう。何を畏まってるんだ、駄犬。きっとそう言いながら出て来るに決まっている。
その姿を願っていたのに
「ああ、ハボック少尉ですね。お話はマスタング大佐から聞いております。ですが大佐は急な要件を思い出して7時の汽車に乗ってイーストシティに戻られました」
出て来た男はあっさりとそう言ってハボックの願いを覆した。
「先に帰った?しかし俺の・・いや自分が迎えに行くと言う伝言は大佐に伝わっているはずだが」
ニューオプティンの乗り換えの時ホークアイ中尉にも確認した。確かに大佐自身に伝言を伝えたと彼女は言ったのに。
「ええ。マスタング大佐もそれは御存じです。ですがドクターの遺言の事でどうしてもブロードリブ氏がお会いしたいと夕べ遅くにこちらに連絡がありまして」
「遺言?それが大佐とどういう・・」
「マスタング大佐はドクターマクガリティの遺産相続人となられました。その手続きのために彼と会う必要が出来たのです。少尉殿が迎えに来るのを知ってはおりましたがそういう訳で大佐は一足先にお帰りになりました。無駄足を踏ませてすまないが少尉もすぐに東方司令部に戻ってくれ。それがマスタング大佐の御伝言でございます」
遺産相続人?なんの話だそりゃ。確かにニューオプテイン以降司令部と連絡はとっていないから今のような行き違いはあり得るけど。
「マスタング大佐は私が確かに駅まで送り届けましたよ、少尉殿」
だからお帰り下さいと言わんばかりの態度にハボックの背筋がちりちりと何かを訴える。だけど
「判りました。伝言ありがとうございます。それでは失礼致します」
何の根拠も無いのに今の話を嘘だと決めつける権限はハボックには無い。まして屋敷に押し入る権利など一介の少尉風情にあるはずもない。
きっちり一礼するとくるりと扉に背を向ける。そのまま真直ぐに門の外に止めた車に向かいながらも視線は素早くあたりを見回していた。
・・見てやがる。
その間も背中にははっきりと見送る執事の視線が感じられる。用は済んだのだから中に入っても良いはずなのに執事は戸口に立って金髪の軍人が車に乗るまでしっかりその姿を見守っていた。
礼儀正しいと言えばそれまでだけどな。どーみたってありゃ監視する目だ。
わざと車に乗り込む前にもう一度振り返ってハボックは見送る相手に敬礼をする。それに一礼した執事の姿を視界におさめながら車に乗り込んだ男はゆっくりと来た道を戻り始めた。
さっきまで見ていた光景を頭の中で分析しながら。


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